不動産のはなし④【消えゆく職業、不動産営業】

消えゆく職業、不動産営業。

それは絶望か、それとも進化の始まりか?

「将来なくなる業種ベスト10」――。そんな刺激的なリストの中に、「不動産営業」の名前を見つけた。正直なところ、私も「確かになくなるだろうな」と感じている一人だ。AIの進化、情報収集のあり方の劇的な変化、そして人々の価値観の多様化。これらの大きな波が、不動産営業という仕事の根幹を揺さぶっている。

これは、単なる職業の消滅を意味するのだろうか。それとも、新しい時代に向けた進化の過程なのだろうか。私の経験を交えながら、少し先の未来を考えてみたい。

2006年、インターネット黎明期の不動産業界

私が不動産業界に足を踏み入れたのは2006年頃。今では信じられないかもしれないが、当時はまだインターネットが情報収集の主役ではなかった。お客様は、駅前の不動産屋の窓に貼られた物件情報(マイソク)を眺め、恐る恐るドアを開けて入ってくる。それが当たり前の光景だった。

情報は、完全に不動産会社が握っていた。いわゆる「情報の非対称性」が色濃く残る世界。正直に言えば、コンプライアンス意識も今ほど高くはなかった。「お客様のため」と言いながら、実際は会社の利益を優先するような営業スタイルがまかり通っていた時代だ。

インターネットが変えた景色と、淘汰された人々

しかし、インターネットの普及がその景色を一変させた。お客様は、自宅のパソコンで簡単に物件情報を検索し、比較検討できるようになった。情報の主導権が、徐々にエンドユーザーへと移っていったのだ。

この変化は、業界に大きな淘汰の波をもたらした。旧来のやり方に固執し、情報を出し惜しみしたり、強引な営業を続けたりする先輩たちは、面白いように通用しなくなっていった。お客様の方がよほど情報を持っている、なんてことも珍しくなくなったからだ。変化に対応し、クリーンな情報提供と誠実な対応を心がける営業マンだけが、お客様からの信頼を得て生き残ることができた。

そう、私たちはすでに一度、「時代の変化による淘汰」を経験しているのだ。

そして今、AIがもたらす第二の淘汰

そして今、私たちは第二の淘汰の波の前に立たされている。その主役は、言うまでもなくAI(人工知能)だ。

  • 物件の提案: 膨大なデータから、お客様の好みやライフスタイルに最適な物件をAIが瞬時に選び出す。

  • 価格の査定: 過去の取引事例や市況を分析し、人間よりも正確な査定額をAIが算出する。

  • VR内覧: 現地に行かなくても、まるでその場にいるかのようなリアルな内覧が可能になる。

もはや、単に物件情報を右から左へ流すだけの「情報屋」としての不動産営業に価値はない。お客様が知りたい情報は、AIがより速く、より正確に提供してくれるからだ。

これからの不動産営業は「消える」のではない。「進化」するのだ

では、不動産営業は本当に「消える」だけの運命なのだろうか。私はそうは思わない。これからの時代に淘汰されるのは、旧態依然とした営業スタイルの人間であって、不動産営業という専門性そのものではないと考えている。

インターネットが「情報の非対称性」を破壊したように、AIは「単純作業の独占」を破壊する。その先には、人間にしかできない、より本質的な価値が求められる時代が待っている。

では、AI時代に生き残る、いや、むしろ輝きを増す不動産営業とは何だろうか。

  1. 潜在的なニーズを引き出す「カウンセラー」として

    お客様自身も気づいていない「本当に大切にしたい暮らし」を、対話の中から引き出し、形にしていく。それは、膨大なデータは持っていても、人の心に寄り添うことはできないAIには不可能な領域だ。

  2. 複雑な問題を解決する「交渉人」として

    不動産取引には、価格交渉だけでなく、権利関係の調整や近隣との折衝など、複雑な人間関係が絡むことが多い。法律や税務の知識を駆使し、利害関係者の間に入って最適な着地点を見つけ出す。これは、まさに人間ならではの高度なスキルと言える。

  3. 地域の価値を知り尽くした「パートナー」として

    データには現れない、その街の空気感、治安、コミュニティの質、子育てのしやすさといった「生きた情報」。地域に深く根差し、お客様の人生に長期的に寄り添うパートナーとしての信頼関係は、一朝一夕に築けるものではない。

結論:変化の先にある未来

かつて、インターネットの登場についていけなかった営業マンたちが淘汰されていったように、これからはAIという新たな変化の波についていけない会社や営業マンが淘汰されていく。それは、ある意味で健全な新陳代謝だ。

「将来なくなる業種」という言葉に、不安や絶望を感じる必要はない。それは、「今のままではなくなる」という変化への警鐘だ。

変化の波を恐れるのではなく、乗りこなし、AIをパートナーとして使いこなす。そして、人間にしか提供できない価値を磨き続ける。そうした人だけが、これからも「先生、あなたにお願いして本当に良かった」とお客様から感謝される、誇り高い不動産営業として生き残っていくのだろう。

不動産営業の未来は、決して暗くはない。それは、より専門的で、より人間的な仕事へと進化していく、新たな時代の幕開けなのだから。

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