逃げ回る大人たちと、町内会長を引き受けた「高校3年生」。この記事を見て何を思うか。
本日、ある新聞記事を目にしました。
名古屋市のある町内会での出来事です。70代の前会長が体調不良で退任することになり、次期会長を決める会議が開かれたそうです。しかし、集まった約30人の大人たちは「仕事が忙しい」「介護がある」と次々に辞退。引き受け手はおらず、会議は紛糾したといいます。
最終的に会長を引き受けたのは、なんと同席していた**「高校3年生」**の若者(加藤さん)でした。
学業や進路のことで一番大変な時期であるはずの高校3年生が、集会所で堂々とこう挨拶したそうです。
「私の住む学区が大好きだから町内会長になりました」
皆さんは、この記事を見て何を思いますか?
「若いのに立派だ」「感心する」と、美談として消費して終わりでしょうか。
逃げ回る大人と、現場で汗をかく現役世代
私自身も現在、地元の同世代の仲間(現役世代)たちとスクラムを組み、自治会やまちづくり協議会の役員を務めながら、地域の活性化や今後の福祉のあり方など、様々な地域課題に日々向き合っています。
自ら仲間たちと一緒に地域活動の最前線で汗をかいているからこそ、この「誰もやりたがらずに紛糾する会議」の異様な空気感が、手に取るようにわかるのです。
確かに、役員の仕事は楽ではありません。
しかし、私がこの記事を読んで強く感じたのは、高校生への称賛よりも、**「言い訳をして逃げ回り、高校3年生に責任を押し付けた30人の大人たちへの情けなさ」**です。
「仕事が忙しい」「家庭の事情がある」。
そんなものは、今の時代みんな同じです。誰だって暇ではありません。私たち現役世代だって、仕事や子育てに追われながらも、なんとか時間を作って地域を回しているのです。
いい年をした大人が30人も集まって、自分の権利や都合ばかりを主張し、地域の義務から逃げ回る。
そして最終的に、本来なら受験や部活、自分の将来のために一番時間を使いたいであろう「18歳の高校生」の、純粋な地元愛に甘えて重荷を背負わせた。この状況を、世の中の大人たちはどう受け止めるのでしょうか。
「ヒューマン力」の欠如と、失われる当事者意識
最近、このブログでも「ヒューマン力が落ちている」と書きましたが、まさに根底は同じです。
自分の都合ばかりを優先し、「誰かがやってくれるだろう」「自分さえよければいい」という当事者意識の欠如が、今の社会に蔓延しているように感じます。
地域コミュニティというのは、そこに住む一人ひとりの「大人としての責任と少しずつの我慢」で成り立っているはずです。
「大好きだから」と言わせて恥ずかしくないか
「私の住む学区が大好きだから町内会長になりました」
この言葉は、とても美しく、そして世の大人たちにとって非常に残酷で、耳の痛い言葉です。
私たち大人が、そして現役世代がしっかりと背中を見せずして、誰がこの町を守っていくのでしょうか。
高校3年生にこんな決断をさせてしまう前に、私たち大人が「ヒューマン力」を取り戻し、自分たちの住む町にしっかりと責任を持つべきではないでしょうか。
この記事は決して「よそで起きた珍しい話」ではありません。
明日は我が町かもしれない。そう危機感を持って、自分自身の在り方を見つめ直すべき出来事だと、強く感じています。


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